ゆうきさらのほんよみにっき@はてブロ

はてなダイアリーから引っ越しました。ゆうきさらが読んだり見たりしたものを気ままにつづります。

舞台『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』鳥栖公演を観たよ

2026年が始まって1月が爆速で終わりました。こっわ。

 

ということで、先日舞台『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』鳥栖の3公演を観てきました。

いやー楽しくないというか重い作品なんだけど楽しかったな!

あらゆるものがレベル高くてびっくりした。

ということで。

 

 

以下注意書きです。

 

★トリガーアラート

 このエントリには作中人物の虐待被害について触れる箇所がございます。過去に辛い思いをされた方がフラッシュバックを起こされる可能性がありますので、お目通しの際はご自身の心身の状況を最優先されてください。

 

★原作映画に対する筆者の距離

 このエントリを書いた人間は、映画を公開から比較的早い段階で観て、よく出来た作品だと思うものの、いくつかの点で自分とは合わないなと感じたため、以後は特に原作映画について深堀りすることはありませんでした。

舞台版を観て合わなさの理由を自分で納得出来たものの、以下の文章で原作との合わなかった点にも触れますので、原作映画を愛されている方には不快な表現が含まれているかと思います。もしお目通し頂けるようであれば、以上をお含みの上でお読み頂けますようお願い申し上げます。

 

ということで。

 

 

ネタバレしかないよ!!

 

 

 

 

 

 

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舞台マイホームヒーロー観たよ!

ゆるっとしたタイトルですが、観劇が終わって、ものっすごい興奮してました。

いやー、「演劇」を観たなあ! 嬉しいよ!!

内容については公式サイトを見ていただくとして。

 

officeendless.com

 

今回は観劇後に原作を読もうと思って、あえて原作・アニメ・ドラマどれも触れないようにしてから劇場に向かったのですが(メディアミックス多いので先入観を避けたかったのもある)、まんまと原作買っちゃいました。今読んでるところです。

 

個人的に、新国立劇場の小劇場とか、池袋の芸術劇場のシアターイースト・ウエストでやるような、ミステリ仕立ての演劇がとても好きだったりするのですが。スルースとかスリル・ミーとか、オフ・ブロードウェイやらウエストエンドの小さい劇場でやってそうなやつ。

舞台マイホームヒーロー、まさにそんな味がしました。とても美味しい。とても嬉しい。

 

 

 

 

以下ネタバレあるよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勿論、内容は重いし、原作を読んでいる途中ですが、ザ・講談社の青年コミック! という感じのバイオレンスな内容で、少しずつ読み進めているところなんですが。

何より、脚本の月森葵さんと、演出の加古臨王さんの巧さが光るなと。

脚本のまとめ方が素晴らしくて。原作にはかなりある残虐なシーンをうまくカットして、でも観客には伝わることを信じていて、家族と家族を持つ者達の話として綺麗に筋は通っているし、鳥栖哲雄と麻取のシーンはどこか二人芝居のクライマックスのようで、非常に演劇的だったなと。鳥栖と麻取の二人芝居としても成立するんじゃないかなっていう凄みが脚本にあるんだけど、でも、あの登場人物たちに一切無駄がないんですよね。凄く巧みな構成だなあと。

 

裁判のシーンで始まって裁判のシーンで終わることで、内容は過去回想でもあり、観客は観客であるのと同時に、裁判の傍聴人だったり裁判員だったり、という役割を背負う形式で。主人公の鳥栖哲雄は行動と内心が闘っているのが面白いキャラクターだと思うんですが、主人公以外の役者達が内心を斉唱する、または三上俊さんが鳥栖哲雄の内申を演じることによって、物語の筋と並行した、もう一つの「鳥栖哲雄の思考や感情の筋」を描写する演出が非常にテクニカルだなと思いました。

あと、鳥栖哲雄の追い詰められ具合を、役者たちが呼吸音を斉唱することによって現すのも非常に好きでした。追い詰められるシーンでは呼吸が乱れるんですよね。

場面転換も鮮やかだし、最小限のセットなのに誰が今どの場所にいるかも整理されていて混乱しないし、精緻な演出だな、と観ながら思わずニコニコしちゃいました。

 

そしてまあ、役者達が全員上手い。特に40代でメインを張っている役者達の演技とテクニックが震え上がるくらい良かったです。もしかしたらフットマイクで少し声を拾っているかもしれないですけど、生声がきちん通るんですよね。みんないい声で惚れ惚れしました。

ストレートプレイでしか観られない演技の圧を体験できるのはあまりにも幸せで。

麻取役の久保田秀敏さんはブッちぎれてて凄かったし、窪役の高木俊さんも普段にはない残酷な役が恐ろしくて良かったです。鳥栖夫妻が子供のために人を殺すまではまともだったんだけど、遺体を処分する段階から少しずつ狂っていく様子とか、凄い良かったな。役者の皆さん本当に上手くて。恭一の阪本くんも若々しさで中堅勢にぶつかっていってるのにニコニコしちゃった。

 

新国立劇場や芸劇でやるような演目が2.5次元っていうバッチバチの商業演劇として観られる2025年、あまりにも良すぎて、今回用事の関係で1枚だけチケット取ってたんですが、翌日に慌てて増やしました。

残酷な話ではあるんですが、全体的に格調が高かったんですよね。なんだかシェイクスピアの悲劇っぽさもあったりして。たまらなく良かったなあ。

 

拡樹くんはこの2年くらい父親役をやることが増えてますけど、大きな娘を持つ普通の父親、っていう意味では今年2回目になるのかな?(蒼様は普通の人だと思うので…)くたびれた中年の父親が、DVを受けた娘の命を救うために彼氏を殺してしまう、けれど元々が犯罪者でもある麻取とのクライマックスの対峙のとき、鳥栖哲雄は圧倒的な「殺人者」であり麻取は「家族を殺された者」なので、どう足掻いても正義を背負いきれない、負けが決まった闘いで、生き続けるという敗北と業を背負わされる、その頂点として哲雄が残す慟哭が劇場に満ちてライトが落ちる瞬間、「私が観たかった演劇がここにある!」っていうカタルシスが凄かったです。

言葉にならない、表情でもわからない、劇場に満ちる感情を浴びるために観劇をしているところがあるので。

観劇出来て、とっても幸せでした。こんな幸せなことあるんだって思いながら劇場を出ました。あーーーー幸せ。

 

出ずっぱり喋りっぱなし動きっぱなしの拡樹くんはじめ役者の皆様はストレスも消耗も大きい芝居だと思うので、終わったら少しゆっくりして欲しい…と思いつつも、こんな幸せな作品に終わってほしくないという気持ちもありつつ笑

 

週末には原作を読んだ上で配信を見たいなと思ってます。頑張ろう。

映画 死神遣いの事件帖 終 &舞台 死神遣いの事件帖 終

秋がなかなか来ませんねえ、ということで。

 

このエントリを投稿しちゃうと本当に終わった感じがしてしまうので、なかなか打ち込みが出来なかったんですが、2025年6~8月のまとめとして。ネタバレしかないのでお気をつけて!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  • 映画 死神遣いの事件帖 終

 今回は上映期間が短かったのでやりくりは大変だったんですが、転職して引っ越したら帰り道に上映館があったので命が救われました。ありがてえ…(引っ越す前は車で30分のところに映画館があった)。

 映画しにつか終、最終作にふさわしいお祭り騒ぎ感があって、突然みんな出てきてのお江戸ディヴィジョン始まったり、生駒ちゃんがおきゃんな鼠小僧だったり(俺達のこまちはいつも最高の演技を見せてくれる)、「侍タイで見た!!」なおとっつぁんだったり、そういう賑やかさがありつつも、きちんと幻士郎と十蘭の関係性の話で締めるのが本当に良くて。

 そういや、人間界だと幻士郎は十蘭に触れられないから、冥界でのお別れは最初で最後の抱擁なんだなあというところに感慨深くなったりとか。

 幻士郎の死から始まる物語を、幻士郎の生と十蘭とのお別れで締めつつも、1作目のセリフのリフレインに「はい!」と笑顔で答える十蘭にも、寂しさを抱えながらも江戸の街に消えてゆく幻士郎にも、過去4作分(4作!)の成長が見えて、すごく嬉しくて寂しかったし、一方で「綺麗に締めたが?! ねえこれ舞台版どうすんの?!」と思ってたりもしたんですが。

 

  • 舞台 死神遣いの事件帖 終

 そんなこんなで舞台の方。今回は悔いのないように見届けたくて、東京・福岡・京都と行ってきました。

 「わー、きちんと映画から続いて舞台で終わって、幻士郎と十蘭の関係性も綺麗に終わっている!」というのに感動したんですよね。

 舞台は映画終の後の話で、さらに舞台版2作で積み上げた十蘭と幻士郎それぞれの過去の清算の話にもなっていて。

 会えば相変わらず大喧嘩をするけど、舞台終の幻士郎と十蘭は、互いを思い労り過ぎて空回りするんですよね。なんという似た者同士。但し幻士郎は舞台1作目の十蘭みたいに、十蘭を失ってもヤンデレ化出来ない性質なだけに余計キツそうというか。

 無限狼との戦いの中でお互いが折り合いをつけていって、ラストの舞台版でのお別れに至るシーンが本当に好きで。

 十蘭は幻士郎の言葉で満面の笑みを見せて幻士郎に背を向けるけど、幻士郎は十蘭に背を向けたところ、十蘭に見えないところで物凄く寂しそうな表情をするんですよね。幻士郎この野郎(見たときに耐えきれなくなって号泣した)そういうとこやぞ。

 ここ数年色々と世間がきな臭いところに、別の種族である二人が折り合いをつけて、橋渡しをしようと決めて、つかず離れずでそれぞれの世界に戻っていくエンディングに物凄く救われた気分にもなりました。幻士郎が死んでも、その弟子と十蘭がまた契約するかもしれないし、しないかもしれない。でも死神遣いと死神の関係は形を変えながら続いていくんだろう、という余韻も綺麗で。

 

 あと、役者の話をすると、Wすずきひろきは本当に凄いなと改めて思いました。

 拡樹くんに関しては、しにつかを観るたびに「演技…うまいな…」と思うことが多いんですが、舞台2作目の幽明奇譚で父親との過去の相克を乗り越えて、さらに映画終でのおみっちゃんとおとっつぁんとの間に起きた悲劇を見届けた上で、十蘭との関係性が更に変わってるのを見せる二人の喧嘩シーンの圧が凄かった。絶対に十蘭に危ない橋は渡らせないっていう覚悟が以前と全く違うように思えたんですよね。鉄斎に向けるのとはまた別ベクトルの遠慮のなさで喧嘩をするようになったというか。以前の幻士郎だったら、もしかしたら十蘭に押し負けてたかもしれないなあと思ったので。

 あと、最後に幻士郎が弟子を取ったというエピソードが出てきて、また子持ちの鈴木拡樹案件だって爆笑したんですが、「確かに幻士郎には隠し胤はいるかもしれないけど血の繋がりのない弟子を取った方が父親との関係でぐだぐだ悩んだりしなさそうだから気楽そうだよな」っていう謎の説得力がありました。めちゃくちゃ十蘭に性格が似た弟子で怒られまくるか、自分に性格が似た弟子で怒りまくるかどっちかだよな…。

 

 そして、あらためて鈴木拡樹はパントマイムの人だなと思ったり。私は殺陣もパントマイムだと思っていて、人物だったり感情だったりの表現のひとつだと思っているんですが。今回の時間を戻す殺陣、例えば5秒くらいのシークエンスの殺陣をやって、それを2.5秒位の尺で巻き戻すって、凄く基礎的な動きだよなあと。インプロイベントで必ず出てくる、1分の動きを最終的に8秒くらいまで縮めるやつの巻き戻し版だ~とワクワクしながら観てました。初回観たときには「わー、栗田さん生身の役者に『TENET』の巻き戻しさせる?! 鬼では?!」と思ったんですが、やっちゃえるの凄いですねえ…(なお私はクリストファー・ノーラン作品に色々思うところはあれど毎回映画館で観てしまうマン)。あと、さり気なく好きなのが家光のところを尋ねるときに、襖の縁を撫でながらしゃがむ動作と、鉄斎が封印を解こうとするシーンで結界をこじ開けようとするマイム。こういう何気ない身体表現の積み重ねが出すリアリティは演劇ならではなんだよなあと。今回はスーパー幻士郎モードが出てきましたけど、殺陣のときに膂力が全く違う感じの演じ方をしていて、映画より尺が長くなる分色々と発見があって楽しかったです。

 そして幻士郎の幼馴染み・鉄斎を演じるズッキーさん(鈴木裕樹)は刀ステ天伝以来だったんですが、やっぱり上手いんですよね。長く役者をやっている人の凄みを感じたなあ。拡樹くんと物凄く役者としてのタイプが似ているのかなと思ったり。舞台終は幻士郎と鉄斎の幼馴染み感が出なかったら雰囲気が壊れてたんじゃないかと思うんですが、長年一緒に修行をしてきた気のおけない感じが物凄く良くて。

 幻士郎は鉄斎の才能がないことを把握はしているけど馬鹿にしないし、鉄斎は自分が幻士郎に敵わないと知っているけど変に足を引っ張ろうとしない、それぞれ持てる力で出来ることをする(結果として幻士郎は自分の命を放りだしがちだけど)ところが似ているから仲良くやって来られたし、久々に会っても変わらない関係でいられるんだろうなと。この空気感は狙って出せるものでもないと思うので、自然にそういう空気に持っていく二人の実力に唸りました。幻士郎と十蘭の関係とは全く違うんですよね。むしろ幻士郎と十蘭の方がもっとドロドロしているかもしれない辺りが面白いなあと。

 あと、幻士郎と鉄斎の過去回想シーンの切り替えがシームレスなんですが、二人とも物凄くスムーズに過去と現在の時系列を行き来していて、二人の間で情報が整理されているのが凄いなあと。…まあ、ここに関しては、幽明奇譚で「幻士郎が12歳のときに十蘭と契約した」と出てきたのと思いっきり矛盾してないか? と思って初回を観たときに首を傾げてたんですが、Wすずきひろきが幼馴染みしてるシーンがあまりにも良かったので、魔物に取られてた幻士郎の記憶に何らかのコンフリクトが生じてるんだろう、何なら次回作(あるか不明だけど)でそこを掘り下げてくれ、と思いつつ。

 そして、安井くんの十蘭は不思議な存在感でやっぱり好きだなあと思いました。若い頃からアイドルをやってきた人たちに感じる(それこそ生駒ちゃんにも感じる)「0番に立たざるを得ない華と業」を、安井くんも背負った人なんだよなあと改めて。立っているだけで華があるし、十蘭がふわりと裾をはためかせながら踊る姿は綺麗でした。いわゆる元J事務所の人として、この5年色々と困難を抱えてきただろうし、経営者でもある人だから、舞台の仕事はこれから受けづらくなるかもしれないですが、また役者として、出来れば十蘭を、そうでなくても演じる姿を見てみたいなあと。

 今回、ヴィラン役の梅津瑞樹・宮原華音両氏も良かったし、田淵累生くんと舞台デビューの森崎くんもいきいきとしていて好きだったんですが、十蘭の従兄弟役として重要ポジションだった田口涼くんと、脇を固める田辺さん、松本寛也さん、ザンヨウコさんの演技が特に印象深くて。

 田口くんはサンシャインで第一声を聞いたときに「あ、発声がシェイクスピアの人だ!」ってニヤニヤしたんですが、後で調べたら松崎史也さんのシェイクスピアものに出てるとわかって納得したのでした。松崎史也カンパニーの人はいい仕事をするなあ。またお目にかかりたいです。

 田辺さんの保科様はしにつか6作完走おめでとうございます。最後にギャンブルにハマるという面白属性がつきましたが、保科様の真面目で空回りする感じが大好きです。

 松本寛也さんは舞台一作目以来、司会以外で観るのが久々だったんですが、まー上手いなと。今回の義助は狂言回しでもあり幻士郎さんとの掛け合いもあればアクションも多いしでめちゃくちゃ大変だったと思うんですが、どのシーンに出ていても誰かの邪魔をしたりせず自然に溶け込んでいてそれでいて存在感があるんですよね。得難いバイプレイヤーだと思うので、色々なところで活躍してほしいなあと。そして司会としても進行が素晴らしくて、そりゃ東映のイベントで引っ張りだこになりますわ。最後にアップしてくれた幻士郎と十蘭と十蘭ドールの写真も素晴らしかった。

 ザンヨウコさんは、乳母の鵺灯として、自由に演技しつつ十蘭が幻士郎には絶対見せないだろう性格を引っ張り出す様子が本当に見事で、毎回どんなアドリブが飛び出してくるのか楽しみでした。是非またお目にかかりたいです。十蘭に振り回されて困り顔の鵺灯を見るのが大好きでした。

 

 しにつかは5年前の映画公開のときからずっとコロナ禍に翻弄された作品だと思っていて、映画は公開延期、舞台は板の上に乗る人数が制限された状態、1つ空きの客席での上演で、きっと色々大変なことが重なっていたと思うし、コロナ禍さえなければもっと違う展開が出来てたんじゃないかと残念に思うことも沢山あります。

 

 福岡公演は1作目以来の福岡サンパレスでした。1作目のときは1席飛ばし配置、今回は平日マチソワというのもあって全部の席は埋まらなくて(そもそもキャパ2,000なので本当にデカい)、5年間追いかけてきた身としては申し訳無さもあったのですが、音響は3会場で観た中で福岡が最高だと思ったし、2階席の一番奥まで届くんじゃないかっていうくらいデカい声を出していたのがWすずきひろきで、1作目も観た九州民としては頭が下がる思いでした。Wすずきひろきは大箱が埋まらなくても、一番後ろまで届ける覚悟で演技をしないと観客に届かないことを知ってるんだなと思って胸を突かれたなあ。

 

 というか、東映はもうちょいムビステシリーズの広告宣伝費に金を出してあげてもいいんじゃないかな! それが半クールくらいのドラマシリーズ作ってYouTubeで無料配信やるとかショート動画をTikTokで流すとかでもいいからさ! 役者ばっかりにオリジナル作品を背負わせるのは酷だと思うよ! と内心では思いつつ(書いてるけど)、映画3作、舞台3作完走おめでとうございます。でもまだまだ出来ることはあると思うので、今度は、今度こそ、連ドラ作ってくれないかなあ。座長が大楽の挨拶で言ったように、またお会いしましょう、で締めたいです。

 

 そして、40代突入して映画と舞台を完走した拡樹くんに、いつかこの作品をやってくれたらな、と夢を見つつ。信長に捕らわれている人生の一つのピースとして。

次はマイホームヒーロー、今年2回目の実のパパ役! 楽しみにしてます。

 

blog.livedoor.jp

 

 

 

劇団☆新感線「紅鬼物語」5/17ソワレ、18マチネ

まず初日近くで行ってきたよ

 

劇団☆新感線45周年おめでとうございます。

 

そして私が「新感線と喧嘩した」と言い続けて20年くらい経つわけですが…笑

 

元々新感線観る度に「ここすごいな!」と「ここ合わないな!!」が交錯するので感情が忙しいんですけど、今回はステアラ髑髏城の七人以来7年ぶりに推しが参加するということで、久々にがっつり対峙することにしました。戦か。

 

途中からネタバレあるので気をつけてね。ネタバレ時には行間あけます。

あと、基本的に推しの話ばっかりです。

 

ネタバレなし感想

 

普段は中島かずき脚本作品を観ては「手練れの脚本だな〜ゴージャスだな〜でも価値観が合わねえな〜」ってなって自家中毒を起こすんですが、今回は青木豪脚本、そして以前「ミナト街純情オセロ」を観てて、こういうテイストなんだなっていうのに一応触れた上で観に行きました。

 

で、観終わって最初の感想が、

すみれコードがある新感線だ」

「トキシック・マスキュリニティのとても薄い新感線だ」

でした。

で、結果として私には物凄く観やすかった。

 

柚香光さんが宝塚卒業後すぐの主演ということもあるんでしょうけど、普段沢山あり過ぎて嫌悪感と胸やけを起こす下ネタと女性キャラの酷い扱いとお下品ネタが少ない(ないとは言わない)だけで不快感は随分薄くなるんだなっていうのと、トキシック・マスキュリニティの典型的なやつだと思ってるんですが、最強を決めるバトルに勝ち残った男だけに与えられるトロフィーガールがいないっていうことで気が楽だったんですよね。

 

私は鈴木拡樹のおたくなのですぐに鈴木拡樹の話をしますが、鬼である妻の紅子と比べたら、力としてはちっぽけな存在でしかない人間の夫の蒼を、ただ人として誠実であろうとするだけの、英雄からはほど遠い、けれども誠実さと愛情だけは人一倍大きい、有害な男らしさとはあまり縁のなさそうな(まあまあ天然で鈍感ではあるけども)普通の人間の男性として、新感線作品で出してくるっていうのに驚いたんですよね。

この作品に話の都合で奪い合いになるトロフィーガールはいなくて、逆にある展開から紅子が明確に自分の夫として、自分を救う言葉を投げかけた蒼を主体的に選ぶ、そして蒼は紅子が娘が夫に頼らずとも女性1人でも生きていける世を望む、そういう割と現代寄りの価値観を持ったキャラクター達を出してくると1ミリも思っていなかったので。

 

それで、実は私が推しに一度やって欲しかったのが、そういう現代寄りな価値観を持った、優しい普通の人だったので、まーーーーじで青木さんの当て書きに感謝なんですよ。まさか、新感線がそれをお出ししてくれるとは…。

 

そして、「日本の時代劇でもファンタジー要素を噛ませることで、時代考証はとりあえず置いておいて、こういう価値観こういう夫婦で話を組み立てることが出来るんじゃん」っていう大きな発見と、The・英雄&英雄になれなかったものたちが大乱闘やっている物語がメインの印象がある新感線に、そういう「普通の人」をメインで出す引き出しがあったことが心の底から意外で。

 

去年、映画「侍タイムスリッパー」という異例の大ヒット作があり、刀剣乱舞2.5次元派生作品もそうですが、SFやファンタジー要素を加えることで、なんぼでも時代劇として新しい展開が出来るはずなんですよね。

ただ、そういう作品群の脚本構成として、「当時の人々の今とは違う価値観を物語のギミックとして使う」ことの方が圧倒的に多いので、じゃあ時代劇に出てくる登場人物そのものの価値観を現代に寄せるとどうなるかっていう実験を明確にやっている作品はあるようで案外ない気がして(アニメだとちょいちょいあるし、なろうの小説でもいっぱいありそうだけど)。

 

45周年という節目に、その驚きを与えてくれただけでも、これまで劇場で映画館でテレビ放送で新感線と私の感情が数々のバトルを繰り広げてきた甲斐があったなと笑

 

ということで以下間を空けてネタバレ感想。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

OK?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネタバレ感想

 

実は私には人間×人外の恋&カニバリズムを愛情のメタファーとして使うという2つのヘキがあるんですが、紅鬼物語はそこが結構ドンピシャのテーマでして。

 

個人的には前者は木原敏江のマンガ「大江山花伝」(宝塚でも上演されてますね。「夢の碑」シリーズ全般かな)、後者は清水玲子のマンガ「22XX」あたりが印象深いんですけども。あと、アンパンマンも後者のカテゴリだと思ってる。

 

ただ、尺も限られている、セットにも限界がある演劇で、お伽噺というかファンタジー的な要素を演劇として物語の展開に組み込むのは物凄く骨が折れる作業だと思うんですね。特殊設定の説明も必要だし。この厄介な問題に真正面から取り組んだのは凄いなと。場転が沢山あるのはファンタジー的な設定の結果だと思うんですが、シンプルなセットで転換&通路とステアラのドーナツみたいな幕前での芝居を多用することで映画で言うところの細かいカット割り的なことをして、あと時系列が前後する脚本を整理する都合もあるんでしょうけど、デカいカーテンを使った現在ー過去回想の演出はカッコよかったなあ。いのうえ演出ここにありというか。青木脚本、元々映画的な構成なのかな。不勉強で申し訳ないんですけども。

 

あとはまあ、いのうえさんのインタビューを見聞して、映画「ミッドサマー」的なおクスリとカニバリズム新興宗教悪魔合体が来ちゃったら、ミッドサマー観てダウナー極まって1週間くらい体調崩した自分は泣いちゃうと思ってビクビクしてたんですが、新興宗教は回避してくれてありがたかった…。

 

そして、今回、劇団員の皆さんの活躍が観られるのがとても嬉しかったんですよ。客演キャストがメインになると、どの劇団の劇団員も客演を立てるためにサブに回りがちですけど、大好きな粟根さんメタルさんをはじめ、インディさんやカナコさん、さとみさん、モフモフが大変そうな右近さんなどなど、秋冬公演がふるちん先輩や羽野晶紀ちゃんさんや高田聖子大先生がメインでドッカンドッカンやりそうだから、こっちで暴れられる人達は暴れる!感が楽しくて。

 

個人的には物語の展開がとても好きです。紅子は蒼を、蒼は紅子を想うが故に互いを殺せないんだなあっていうのと、二人が出会って夫婦になったきっかけ、ほぼ全ての部下を失って敗走する蒼が、ボロボロになってなお、自死しようとする紅子に必死で「生きよ!」と祈るような説得をする、そして互いが互いを生きるための縁にしたからなんだな、と2回目観て1日咀嚼して辿り着いた。夫婦の物語でもあり、紅子の父母ー紅子と蒼ー藤の三世代の物語でもあり。

 

咀嚼しやすい物語ではないとは思うし、人と鬼の世界の対比や娘の藤周り、楽しい家臣団のエピソードをもうちょっと入れて欲しい感じもあるんですが、役者が今後解釈を深めて演技に込めるための余白でもあるんだろうな。個人的に世田谷パブリックシアター(改装中)でやるストプレ演目みたいな脚本だなあと思いました。で、私は世田パブ演目を観に上京したり福岡公演に行ったりする人間なので、まあそりゃ好きだよな。それを新感線でやるってのがおもろいなーと。

 

1回目に5/17ソワレを観たときに、正直、色んなことが消化出来ずにずっと一緒に観た友人と2人で話し合って状況の整理をしてたんですが。

 

2回目に観た5/18マチネで、2回目に観てぐんと解像度が上がったのもあるんでしょうけど、それだけじゃなぬ座組全体の熱量が1段上がった感じがして、「あっ、これは大楽までずっと上がっていける座組だ」って確信したんですよね。

 

脚本や演出を超えて、幕が上がれば舞台は最終的に役者のものですけど、この座組が最後の最後に手に入れるものを観てみたいなあと思って。

 

ということで個人的に一番好きなシーンの話。

 

先程も触れましたが、2幕の過去回想で出てくる、紅子と蒼の出会いのシーンで。

 

紅子が鬼であることの重さに耐えきれなくなって自死をしようとしたときに、大きな戦でほぼ全滅状態、敗走する途中で出会った蒼が、必死で紅子の自死を止めようとして、神に祈っても祈りは届かず無為に部下の殆どを失った自分が、それでも死ねないように、紅子にも死ぬなと血を吐くような絶叫をぶつける蒼が、5/18マチネでめちゃくちゃ刺さったんですよね。

 

で、「ああ、これは光の『口説き』のシーンなんだなあ」と、唐突に髑髏城の七人の2幕頭との対比で思ってしまい。

 

髑髏城の七人の天魔王が昔の仲間だった無界屋蘭兵衛を利用するため、信長の髑髏をギミックにして籠絡するシーンがあって、こちらは私利私欲のために明確に口説き落とす意図を持って説得するシーンなんですけども。

 

蒼が紅子に向ける言葉は、二心なく、ただ生きて欲しい、自死を選ばないで欲しい、死へ向かうその気持ちを生へ向けて欲しいという切実な祈りであり、叫びであり、不甲斐ない自分に対して言い聞かせる言葉でもあり。欲得のない純粋な祈りが紅子に届いて、だから生きてみようと紅子の心が動く、それが優しく温かい父母が第六天魔王に願ったことから鬼として生まれたものの、父母に深く愛されて育った紅子にとっては自分に手を差し伸べてくれた人と「夫婦になる」「子を願う」と同義だったんだなあと(おたく特有の長台詞一息)。

 

ということで自分の中ではここは光の『口説き』シーンです。

悲痛な、それでも温かく、力強い言葉は圧巻でした。そして、このシーン、これからもっともっと良くなるんじゃないか、だったらそれを観たいなあと思いまして。

 

千葉さんがパンフで、蒼は普段通りでいいと拡樹くんに言ってたようなんですが、確かに本当に蒼は普段の拡樹くんみたいなキャラだなあと思っていて。

イベントのときに近くで姿を見たりすることもあるんですが、フワッと柔らかで浮き世離れしている雰囲気なんですよね。とはいえ、物凄く周りを見ているし、欲望の大半が演劇に向けられている人だなあとも思っていて。

紅子に向けられた、生に繋ぎ止めるための言葉は、爆発する演劇への愛みたいでした。

当て書きって凄いなあ。

そして、40歳前だから出来る役、父親と配偶者は鈴木拡樹のニンに合ったお役だなあと改めて思ったので、また観たいです。どなたかよろしくお願いします。藤への愛と紅子への愛の表現が違うのが楽しかったです。再会した藤を抱く抱き方のニュアンスが、赤ん坊の頃に抱いていたときと同じだったのにグッと来ました。時系列が混乱しそうになったら鈴木拡樹を見とけ、は今回も鉄板だったな。スパイファミリーの時にも思ったんですが、子どもを相手にすると、愛情と保護欲だけじゃなくてチラッと子どもへの執着みたいなものがにじむのが面白いなあと。

 

紅子と蒼の関係性、夫婦ではあるけれども、ピア・カウンセリング的というか、心に傷を負った人が互いを癒し合う関係でもあるんだなというのがあって。

ここのところ映画「シンシン」や「サンダーボルツ*」で罪を犯したもの達のピア・カウンセリングの話を観ていたので、「令和の今ここにある創作だ…!」とも思ったのでした。米騒動の話もあったしね。個人的には蒼の「おなごが1人で生きていける世」の、紅子と藤のアンサーも見たかったな。特に藤。

 

次は大阪楽の予定です。

座組がどういう進化をしているか楽しみだな!!

そして人生初のお煎餅撒き(あるよね?)も楽しみだな!!

学芸員 鎌目志万とダ・ヴィンチ・ノートを観てきた

なんと1年ぶりの更新です。

何をしてたかというと、博多座のある国に引っ越して転職して新入社員してました。スパイファミリーで博多座に通いまくったのが、引っ越しのきっかけの1つになったので、なんだかんだで鈴木拡樹のお世話になってます。ただ、流石に怒涛すぎてブログの更新は無理でした。

そして旧TwitterからBlueskyの住人になって、こちらもお引越し。

https://bsky.app/profile/yuukisara.bsky.social

SNSにはポスト出来ても長文を投げられなかったんですが、観劇後に「これは絶対書く」っていう強い気持ちで今スマホ叩いてます。

 

ということで、サンシャイン劇場学芸員 鎌目志万とダ・ヴィンチ・ノート」を観てきました。

 

ネタバレあります!!以下お気をつけて!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔から私は鈴木拡樹にはコメディに出て欲しいと言い続けているし、去年の年末のFCイベでも飛び道具のインプロイベントでドッカンドッカン客を笑わせてたので、とても楽しみにしていました。

そしてお噂はかねがね、小林賢太郎さんの脚本演出ということで、大変楽しみにしていました。

 

私は世の中には「がんばれ!ベアーズ」ジャンルというものがあると信じていて、ひょっこり現れた人物が、潰れかけたチームを再生させるコメディがそれにあたると思っているのですが。

 

鎌目志万はそういう話でした。ある日突然やってきたダヴィンチおたくの鎌目が、潰される寸前の葛美を立て直すアイディアと、モナ・リザのレプリカ貸出というお土産を残して去ってゆく。

 

1995年に「王様のレストラン」というがんばれ!ベアーズジャンルの矢を膝に受けた私は、それ以来チーム再生コメディが大好物です。

そして、笑って笑って、劇場を出た時に笑い疲れと「ああ、楽しかったな!」っていう気持ちが残るコメディが大好きです。

それが美術館再生もののネタの舞台とか嫌いなわけがなく。

 

上手い脚本と、個性的で上手い8人の役者達、ミザンスもステージングも何もかも美しい幾何学模様のような板の上、攻めた実験、温かい音楽、そして衝撃の大オチまで、余す所なく楽しみました。

 

いやー、小林賢太郎、天才なんだな…。

 

言語感覚もですけど、とにかく場面全てで、絵画のように構図がバチッと決まっていて、特に学芸員のリサのシーンで使われる額縁に震えました。プロジェクションマッピングの使い方も洒落ているし。

あと、展覧会の準備の30日間。台詞のないシークエンスがずっと続くんですが、全く飽きずに見ていられるし、バラバラだった葛美のメンバーが結束していく様子も内包していて、とにかく情報量に過不足がなく整理されていて。

 

舞台は総合芸術ですけど、その中でも特に視覚聴覚に訴えかけてくるというか。

 

そして役者全員口跡と声が良くて通るし、みんな声色が違うから聞き分けやすいんですよね。濃いメンバーが揃っていて、葛美のメンバーどころか敵役的な羅山さんまで皆愛おしくなる、ちょっと離れたところで見ていたい面倒くさい隣人たちというか。

 

ずっとデビュー出来ないままマンガを描き続けていた警備員の小次郎さんがキーマンになって展開する後半、何でだかよくわからないけど、皆が団結して頑張るシーンでぼろぼろ泣いて、「ああ、私も何か書きたいなあ」と思った結果、今こうやってブログの更新をしている訳ですが。

 

私は元々コメディが好きで、でもお笑いやコント的なものには割と苦手意識があって(誰かを下げて笑いを取るイメージが強かったので)、なので小林賢太郎さんについてもお名前は聞いていても触れてこなかった訳ですが、昔から知ってたらズブズブだったろうな〜。才能ある人の創作物は本当に凄い。

 

ただ、あまりにも美しくて溜息の出るようなステージングだったからこそ、観ていて気になった部分があって。

 

ヒロインポジションの森永リサの扱いについてなんですが。

彼女は正規の学芸員ではあるけれど、お客さんを繋ぎ止められるような企画を打てる状態ではなかったし、フラッと現れた無資格者の鎌目がきっかけになった企画展で美術館の集客が跳ねるっていうことは、彼女がずっと続けてきた学芸員の仕事の成果ではないわけで。

いわば、リサの存在は鎌目とは対立するというか、ある意味リサの仕事を奪ってしまった存在でもあるんですよね。

そして、作中では彼女自身の企画展が行われることはなく。

 

さらに、よくわからない周囲のお膳立てで、鎌目との関係を恋愛として成就させるようなプレッシャーがかかる。

 

じゃあ、彼女の幸せは何だろう、って思っちゃったんですよね。学芸員としての彼女の矜持はぼろぼろなんじゃないのかな、とか。

 

というか、恋愛要素を持ってきたことで、鎌目と、序盤で鎌目を見つける形になった小次郎さんの友情めいた、弟と兄みたいな関係性がいい感じで展開していたのも尻切れトンボになってしまったように思えて。

 

無理やり異性愛規範に乗っけようとする周囲がキツいな、って思った部分もあり。いや令和の世の中だと鎌目のそれは一歩間違えればセクハラで(大オチがあったから微妙に回避した部分もあるけど)、周囲のお膳立ては完全にセクハラな訳で、その辺、もうちょい構造的に回避出来なかったのかなあと。

鎌目がああいう人物造形になったのは、もしかしたらゴリゴリに個性的なキャラだったら、リサに対する当たりが完全にハラスメントに見えるからなのかもしれないな、とも思ったりしました。

 

鎌目とリサが丁々発止でやり合うライバル的関係性の方が個人的には好みだったりするのですが、これはまあ本当に好みの問題なので。

 

さらに好みの問題だけで言うと、8人いたらそろそろ1人くらいクィアがいてもええんちゃうかなあとか。

 

まあ実のところ、日本の創作物(特に舞台作品)にそういう、いわゆるポリティカル・コレクトネス的なデリカシーを期待することはとうの昔に諦めてるし、演劇の世界の中でハラスメントをどうにか出来るような自浄作用は望めないだろうと思っているので、こんなことを考えるだけ野暮だし素直に書いても嫌われるだけなんですが、ただ、コバケンさんなら、リサの辛さや痛みにも寄り添った脚本が書けるんじゃないかな、と思ってしまったんですよね。

それくらい、あまりにも上手いし愛しいし素敵な世界だなと思ったので。ベタな言い方ですが、いい感じでアップデートしてくれると嬉しいなあ。今後も機会があれば観たいので。

 

だから、個人的にはリサが学芸員として頑張る続編を観てみたいです。鎌目はその時はリサのライバルになるかもしれないけど、そこから生まれてくるものもあるかもしれないし。葛美の皆にも会いたいし。

 

拡樹くんはいつも以上に物凄く引いた演技というか、8人全員を繋ぐハブとしての存在に徹したんだなあと思いました。それは前述の鎌目とリサの関係性の部分に関わることでもあるかもしれませんが。

めちゃくちゃ個性的なコメディキャラは年末のいんぷろで沢山観られたものの、コバケン脚本でも弾けたキャラを観られないのは多少残念ではあったんですが、ただ、拡樹くんが鎌目志万という人物を愛おしく思っているからこそ、割とグロテスクな造形になりかねないところをバランス取ったのかもしれないなーとも感じました。

結果的に出来上がったのがふわふわした不思議ちゃんで、あれはあれでテンポがズレてて面白いなと。

またコメディが観たいです。定期的にやってくれると嬉しいなあ。

 

そして個人的に生田輝さん。

実はコロナ禍の最中のある夏、突然劇場版少女☆歌劇レヴュースタァライトを観に行った挙句、配信の舞台スタァライトにドドドハマりして延々流していたことがありました。

私自身舞台版は青嵐のオンナで、アニメは99箱推しでロロロは聖典なんですが(おたく特有の早口)、オールフィメールの2.5は鈴木拡樹が2.5を続けてきて今に至るまでに通ってきた地獄とはまたベクトルの違う地獄だと思うので、やっぱりリサと生田輝さんが被るんですよね。

とても素敵な役者さんだと思うので、今後もお目にかかりたいです。

 

あと、幸子さんことアガリスクエンターテイメント所属の前田友里子さん。明るさ陽気さが本当に素敵で、歌も素敵で、魅力的で最高です。前田さんのマダム・テナルディエとか観てみたい(突然のレミゼ)。

私はいい加減アガリスク観に行くべきだな…。なかなかタイミング合わなかったので。

 

役者の皆様は本当に本当に素敵でした。鰤田さんと樫尾さんの掛け合いも面白いし、小次郎さんには泣かされたし、館長は楽しいし。何より、たった2時間弱なのに、皆を役名で覚えられるってことは、それだけキャラが立ってるんですよね。上手い人しかいない芝居は本当に素晴らしいなあ。

 

多分大阪公演を観に行ったらまた感想が変わるんだろうなと思いつつ。

 

週末が楽しみです!

 


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劇団少年社中『テンペスト』感想

退職と転職と引っ越し前のごったごたで忙しいを通り越して解脱モードになっておりますこんにちは。退職エントリは書かないけど転職試験受かりましたエントリは書いたら需要がありそうだなと思いつつ(多分まあまあ目指してる人が多いだろうレアケースなので)、守秘義務がありそうなので書けません。どこかの劇場で私に会ったら捕まえて聞いて下さい笑。

 

ということで、2024年最初の観劇は劇団四季の『WICKED』と劇団少年社中の『テンペスト』でした。去年の秋口にWICKEDのチケットがなんとか平日の1枚だけ取れていて、有休消化の関係もあって3日間東京に行くので、なにか一緒に行けるといいなと思って、最速の社中先行で1枚取ったのがテンペストだったわけですが、キャスト発表されて慌ててチケット増やしたり(土日マチネと大阪もキャス先で取りました)。

奇しくも、どちらも劇団の公演でした。商業演劇をあちこちフラフラしがちな私にしては珍しいんですけども。

『WICKED』はこんなんエルファバ強火担になるしかねーじゃろっていう内容で、とはいえ無知であることがきっかけで沢山のものを失って、それでも大切な友人を得たグリンダが気の毒でもあって、公開予定の映画がとにかく楽しみになりました。アリアナ・グランデのグリンダとシンシア・エリヴォのエルファバは観たすぎるじゃろ。そして四季劇場では丁度WICKEDとアナ雪の、シスターフッドダブルヒロインものが2つかかっていたっていうのも面白かったな。令和6年って感じだった(なんのこっちゃ)。

なおアナ雪も2回ほど観に行ってまして、機会があったら3回目も行きたいところ。Let It Goで早替えするエルサが好きすぎるんじゃ…。

 

さて、話の枕はここまでで。

以前、こんなエントリを書きました。もう6年も前なのかびっくりだよ。

以下敬称略!

 

yuuki-sara.hatenablog.com

 

私が観劇をするようになって、ああ、まだ解散していないときに観てみたかったなと思った劇団が2つあって、1つは三谷幸喜東京サンシャインボーイズ、もう1つは惑星ピスタチオなんですけども。

 

劇団少年社中はコロナ禍を超えて25周年記念公演を打ってくれて、そして、上記ブログで長々長々感想を書いたものの、当時は映像でしか観られなかった「鈴木拡樹が出ている社中公演」を劇場で観るという希望がついに叶いました。

 

www.shachu.com

 

鈴木拡樹✕少年社中✕シェイクスピアとしては『ロミオとジュリエット』以来の、少年社中のシェイクスピアものとしては多分『リチャード3世』以来の?(ピカレスクセブンではマクベス出てくるけども)作品になるんでしょうか。

 

初見で観たときになんだかわからないけど号泣して観終わったあとぼーっとしてて、何か感想がまとまればと思ったんだけど言葉としては出て来なくて。ついでに電車降りる場所間違えたりもしましたが。大楽まで観た今もなかなか言葉にならなくて、ただひたすら「演劇を浴びた」っていう感触が体に残ってるんですが、こういうときこそ無理やり言語化しておきたいので。

 

 

以下、ネタバレ前提で話をするのでごめんな! 円盤出るから買ってね!

宣伝か!!(宣伝担当ではありません)

限定版はコロナ禍中に配信された少年社中ライブストリーム『劇場に眠る少年の夢』も入ってるよ!

 

shop.toei-video.co.jp

 

 

 

 

 

 

【幸せだった。だから、俺も、みんなを幸せにしたいって思ったんだ。

なんの因果か。偶然か。俺は、あのとき見た劇団の舞台に立ってたんだな。】

(少年社中『テンペスト』台本より引用)

 

あらすじは公式サイト参照。15年前に劇団を追い出されたパワハラ演出家が、天才役者をコマにして、劇団に、演劇に復讐を試みる話…なのかな一応。

あと、囲み取材の様子はこちら。

 

youtu.be

 

大学時代にシェイクスピアの有名どころのはちょいちょい読んではいたんですが、『テンペスト』は未読で、観劇前に予習として読んでいきました。

 

戯曲の構造としてはかなりメタで、テンペストを上演している劇団虎煌遊戯の舞台上での経過、そのバックステージ、さらに15年前の虎煌遊戯の稽古場、劇団を離れた演出家ギンが天才役者ランにあって稽古をつけるようになるまで、が入れ子構造になっていて。とはいえ構成としてはかなりわかりやすく整理されていて、毛利脚本の丁寧さが凄く良い形で出ていたんじゃないかなと。

 

劇団虎煌遊戯が舞台上で演じていたのはテンペストでしたが、実際は『夏の夜の夢』だったり『マクベス』だったり、複数の作品がオマージュとして組み込まれてたんだろうなと。学がないので発見出来なかった…気づいた方教えて下さい。

 

で、毛利さんがあちこちのインタビューで今回言及してますが、毛利さんのルーツでもある早稲田劇研から生まれた劇団東京オレンジと、そこから出てきた天才役者・堺雅人へのオマージュでもあるのかもしれないな、と思いながら観てました。

 

natalie.mu

 

劇団出身の天才役者は天才であるが故に、その劇団を離れなきゃならないときが来るのかもしれないなと思うことが度々あって、個人的にそのパターンで真っ先に思いつく双璧は上川隆也堺雅人なんですが、『テンペスト』内にも、15年前に劇団に所属していた天才役者ゲキの存在があり。

 

ゲキは15年前に非業の死を遂げて、板の上に立つ幽霊として残ってしまっているけれど、そのゲキの心配事が昇華されて、笑顔で舞台を降りる話でもあり。それと入れ替わりで、新しい天才役者ランが、板の上でデビューを飾る話でもあり。劇団内で地道に続けてブレイクした苦労人カグラが、演劇の楽しさを取り戻す話でもあり、そのライバルシュンが、マサが、同期カグラとの関係を見つめ直す話でもあり、新人ヒナタがトラブルの嵐に巻き込まれる話でもあり……と余すところなく板の上の全員が主役で、自分の人生を生きていて、一人復讐の炎の中で荒れ狂っていたギンも、最後には自分の立ち位置を見直すことが出来るという赦しの話でもあり。

みんなの名前を出すと長くなるので割愛しますが、一人も捨て役がいなくて、何より劇団の看板である、おそらくとても愛されているアイコン的存在であろう井俣太良さんに、愛せるところの1ミリもない、難役を25周年記念に振ってくる毛利さんの、劇団少年社中への愛を見た気がしました。

 

個人的に、ギンを追い出したあとに主宰として15年劇団を支えてきたユッコさんの繊細さと、ギンに対して「許すわけないだろ一生悔やんでろ!」と叩きつけられる強さがとても好きで。

テンペスト』内における社中メンバーは、おそらく過去の色々を思い出して心の中で血を流しながら演じてたんじゃないかな、とも思ったので、皆様ゆっくりしてほしいです。いや、個人的に、各劇団の座付き作家が一番面白く個性的に書けるのは、おそらく劇団で一番経験しているであろう内ゲバものだと信じてるんですが(あさま山荘ものとかもその類型だと思ってるので)、殆ど自傷行為みたいなもんだとも思うので、本当にお疲れ様でしたとしか言えない…。

 

物語に関しては、作中では大団円とうたいつつ、物語が終わっても大団円にはならなさそうなオチなのを役者の力技で大団円のフリをする話だな! と後から思い返して面白くなっちゃったんですけども。こういうところもシェイクスピアっぽいというか。

 

パワハラが原因で劇団を追われたギンは、結局ハラスメントをやめられたかというと、新たに弟子入りしたランはリアルタイムで殴られていて、ギンは結局ハラスメントという名の暴力に対する反省と悔恨がないまま15年生きてきちゃってるんだよね。

ラストにギンは赦しを乞うけれども、まずハラスメント講習とリスペクトトレーニングと加害者カウンセリングを半年くらい受けないとアウト、くらいユッコさんに言ってほしいなあと。なんならランが被害届出して刑事処分受けるくらいじゃないと駄目かもなあと思いつつ、丁度最近アニメ「ハズビンホテルへようこそ」を見たところで、こちらは地獄へ堕ちた者たちと赦しのエピソードもある話なので、なんともタイムリーだなあと。

本人が変わりたいと切実に願って、変わることを心から信じるし喜ぶ周囲の支援があれば、人間は変わることが出来るっていう善性を信じる人たちの話なんだろうな、それくらい、社中メンバーは善性を信じている人たちが集まっているんだろうな、とある意味ホッとしたりもしたので。現実でも逮捕されて釈放された後に身元引受人がいるって大事なんだよな、と思ったりもしつつ。

 

個人的にこのキャストめちゃいいなと思ったのは、矢崎広と本田礼生と萩谷慧悟の3名。

ぴろし、苦労人が似合いすぎるんよ。テンション低めのカグラが声の大きさ=想いの強さの社中作品の逆を行ってるの上手いなーと。正統派シェイクスピアでもお目にかかりたい。

れおくん、エーステの映像を見たときに「めっちゃ上手いコメディリリーフやんけ」と思ってたら、本当にめっちゃ上手いコメディリリーフで腰抜かすかと。間の取り方とか見せ方とか上手い。コメディいっぱい観たい。萩谷くんとのダンスのシンクロとアクロ良かったなー。

そして萩谷くんはじめましてだったんですが、長年アイドルとして頑張ってきている子の0番力にニコニコしちゃいました。特に大阪公演、物凄く演技が磨かれてキラキラしていて、これは推しているファン達みんな幸せだったろうなーと。またどこかでお会いしたいなあ。

 

そして鈴木拡樹なんですが。とにかく、こんなに幸せなものを観ていいのかな、って終始思ってました。今も夢みたいだなあ。もっとチケット取れば良かったって後悔してるくらい。三人どころじゃない吉三を劇場で観られなかった後悔は今もあるんですが、テンペストを劇場で観られたっていうのは墓まで持っていける人生の思い出になるなーと。

色々な魅力がぎゅうぎゅうに詰まってて、かつ想像の遥か上をいくような上手さで、気がついたら目線が奪われてしまっていて、何より楽しそうに演じていて。

何から何まで良…だったんですが、特に好きなのは四国の海岸でギンが、ランの演じる「カゴツルベ(歌舞伎の籠釣瓶花街酔醒ベースの社中作品)」を目撃するシーンで。

それまで演じていたエアリアルから、すっと膝を撫でで座る仕草だけで、着物の裾をさばく様子だとわかる、しなをつくって八ツ橋花魁が斬られるまでを演じる、そこからくるりと回転しながら立ち上がって、八ツ橋花魁を斬った次郎左衛門を、斬った後の刀を握るマイムとともに演じる…、文字にすると味気なくなってしまう、ほんの1~2分のシークエンスに、私が演劇と演者に求める全てのものが詰まっていて、最初に観たときは震えました。しかも観るたびにシーンが深まっていくし。

 

ブログの冒頭で惑星ピスタチオの名前を出したんですが、座付き作家だった西田シャトナー氏は『舞台弱虫ペダル』に、惑星ピスタチオのパワーマイムの表現を継承させた、鈴木拡樹はその初演メンバーの1人で、今はもうない劇団の手法を引き継いでいるんですよね。ランはどこかペダステの荒北を彷彿とさせるようなガラッパチなキャラクターで(ランの方が相当フワフワしてるけど)、こういうのも(いんぷろ以外では)久々に観たなあと嬉しくなったし。

惑星ピスタチオは原初の演劇の表現手法に近いというか、役者の体だけでどこまで表現出来るかというのを突き詰めていたのかなと個人的には思っていて、それは鈴木拡樹が2.5次元舞台を経てきているからこそ継承出来たものなんですよね(そして惑星ピスタチオには佐々木蔵之介という看板役者がいますが、話がとっ散らかるのでこれ以上は言及しない)。

で、私が個人的にストレートプレイに求めているのは、役者の身体性を発揮した表現なので、カゴツルベのシークエンスを観たときに、とにかく嬉しかったんですよね。

 

ランのシーン全部好きなんですけど、強いてもう1つ挙げると、作中に出てくる『夏の夜の夢』のパックの台詞が2箇所にあるんだけど、最初にその台詞をランが言ったときは「ただ覚えていたものをそらんじた」だけだったのが、クライマックスで出てくるときには、観客に赦しと拍手を乞う、切実な内的要因から生じた「魂からの台詞」に変化していたところ。ランにとって、混乱のテンペストは自身の初舞台でもあった訳で、その中でラン自身の成長を演じるのにとてもスマートで、そして印象的な台詞だったなと。

 

観劇後に友人と色々話してたんですけど、「声に感情を乗せるのが凄くうまくなってる」っていう結論になって、それはこの数年、ミュージカル千本ノックをやってひたすら練習してきたことだろうし、髑髏城のときに演出のいのうえひでのり氏から言われたことで、確か長台詞のときに後半息が抜けてしまうみたいなのがあったと思うんですが、そこを直しにかかってるんだなあと。あと、個人的にランのエアリアルを観て「マスクのジム・キャリー(とその吹替の山寺宏一)だ」って思ったんですが、ランのエアリアルとゲキが入っているランとゲキのエアリアルとが全部違ってて全部わかるしランのエアリアルが劇中劇の進行とともに変化していったのも凄かったな…ランが公演の中でエアリアルを掴んでいく過程がわかるというか。全てがシームレスなのに輪郭がくっきりしていたの凄かった。

あと、「俺の目ェ見ろ!」のシーンを最初に観たときに下手側に座っていた私は無事死亡しました。あのシーンの気迫は本当に凄かったな…。凄いしか言ってないけど本当に凄いしか語彙がない。1公演ごとに倒れても構わないくらいの気持ちでやってたんじゃないかと思った。

 

作中でランは「空っぽ」という呪いをギンにかけられるけれど、クライマックスでギンに対して「今はたっぷり入ってるんだよ! あんたが教えてくれたものが!」で呪いを跳ね返すランの強さがとても眩しかったな。それは演劇と鈴木拡樹の関係そのものでもあるかもしれないし、全く違うかもしれないけども。

 

そして、毛利さんが「社中に出演する鈴木拡樹に求めるもの」も変わってきているんじゃないかなと感じた演目でもあり。

これまでは「俺の観たい鈴木拡樹」だったと思うし、今回もそれを感じるんですが、それ以上に、「役者として大成するために必要なものを全部やらせるし、自分の作品で鈴木拡樹が物凄く上手いし魅力的な役をやってるって色々な人にプレゼンしたい」みたいな気持ちもあるのかなと。東京オレンジと堺雅人、とは関係性が違うけれど、鈴木拡樹を今の鈴木拡樹たらしめたのは、地元大阪で美容師になって、親の店を継ぐつもりでいた人が、毛利亘宏脚本のたった1本の芝居を観て「役者をやりたい」と決めたことだと思っているし、毛利さんは鈴木拡樹にとっての少年社中が、堺雅人にとっての東京オレンジのような存在であって欲しいと願っているのかな、と何となく思ったので。

 

最遊記歌劇伝が外伝で素晴らしく美しい形で幕を閉じたのを見届けて、次に何が来るんだろうと楽しみにしていたんですが、なんならこれが今年ラストの観劇でも全然構わないくらい幸せな観劇でした(いや2月はオデッサ観るし3月はPPVV3観るけど)。キャスト全員で演劇を楽しんで、苦しんでいて、それを楽しむ観客の私の業を実感するひとときでもあって、そういうのも含めて本当に良かったな。

30周年記念公演『夏の夜の夢』も楽しみにしてます。ところで拡樹くんシェイクスピア劇何か出ない? タイタス・アンドロニカスとかでもいいよ(エグい)。

 

そして、2024年は個人的に、三谷幸喜東京サンシャインボーイズがシアタートップスで「リア玉」という復活公演をやる年として認識してます。まあ一度『Returns』で復活公演をやってるけど、途切れた何かがまた繋がるかもしれないときもあるし、去ってしまった堀池直毅さんのことを思い出しながら、ひとまずこのエントリは締めます。

 

円盤来たらまた何かまとめるかも。そのときにはもう引っ越して新しい仕事をしてるんだなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

最遊記歌劇伝―外伝―感想

前回のブログ更新から、腸閉塞起こしかけて1日入院したり、足掛け3ヶ月の転職活動からの次の仕事と引っ越し確定したり、去年の春の火事以降、怒涛の流転人生を送ってますこんにちはあるいはこんばんは(突然のハンドラー)。

このブログは役者のおたくがお送りしておりますので、原作への解像度は低めです。ご了承下さい。そしてとりとめがない。

 

そんなこんなで、刀ステ感謝祭とWhy don't you SWING BY?を観に行った感想を投稿しそびれちゃったりもしたものの(SWING BY?は私の「鈴木拡樹にはコメディに出て欲しい」欲を満たしてくれてサイコーだったし、ペンラとうちわ振るのめちゃくちゃ楽しかったので第二弾是非やって欲しい)

 

ということで、最遊記歌劇伝ー外伝ーを観てきました。東京1公演と大阪大千穐楽を含む3公演。あとは配信の東京マチソワ。結果として、毎日配信を再生する亡霊が出来上がったしアーカイブ2週間観られるのサイコーっすね。今も配信流しつつ本文打ってます。

 

私は遅れてきた鈴木拡樹ファンなので、最遊記歌劇伝については道すがら合流したクチで、原作読んで映像で後追いして劇場で観始めたのはDarknessからなんですけども。

歌劇伝については、「現地と映像の違いが顕著(劇場で観ると情報量も音圧も段違い)」というのをDarknessで身をもって知った&慌てて追いチケしたので、今回はあらかじめチケをなるべく押さえようとしたらなかなか取れなかったりしてヒヤヒヤしました。何とか無事に観られて良かった…。

なかなか押さえられなかったのがステラボールで、何とか取れたのが公式2次先行だったんですが、それで取れたのが2階センター寄りの最後列で。

実際座ってみたら特等席過ぎて震えました。映画館仕様のフカフカ椅子に座ってステージ全体が観られるのサイコー! ステラボールずっと2階にいたい。最近の歌劇伝のセットって機構は複雑だし段差はあるしで、1階だとどうしても死角が出来がちだったと思うんですが、2階はフルで観られて、同時に4箇所で展開される場面を視界に入れられるので、初見の情報処理のしやすさも段違いでした。今回オペラグラスをほぼ使わずに観劇していたんですが、とにかく1箇所で何かが展開する部分が少なかったので、配信も1回くらいは全景で観たかった気はします。全景の見応えが凄い。

なお、ステラボールは私と、デビュー作の雑誌掲載当時から読んでる峰倉かずや作品ガチ勢の友人と、逆にミリしらの友人の3人で観劇したんですが、全員泣きどころが違ったのと、ガチ勢の友人が観劇後震える指で追いチケしてたのも面白かったです。歌劇伝完結前に一緒に観てくれて良かったしきっと追いチケすると思ってた(笑)

 

原作の最遊記については歌劇伝を観る前に読んで、個人的に好きだなあと思ったエピソードが埋葬編と外伝なんですけども。外伝はまさかこんなに泣くか?!っつーくらい号泣して、自分でもびっくりしました。

皆上手かったし、何より、駆け足ではあるんだけど、脚本のまとめ方が素晴らしかったなと。外伝は元々の物語自体が面白いので、ある意味古典の脚本をやるような演目だったと思うんですが、三浦さんの上手い脚本編集と演出と新規にテーマ曲を書き直した浅井さんの音楽、そこに15年間積み上げて来たものが綺麗に乗っかって、さらに新しく来た風の後押しもあって、内容的にはほぼ全滅エンドでありつつも、後口が爽やかな始まりの物語だったなと。ラストに、自分から手を差し伸べる金蟬と、その手を取る悟空で締めたのもあるとは思うんですが。

 

ブワッと感情が溢れちゃって、何から書けばいいのかわからなくなりつつもとりあえずつらつらと。

詳細は峰倉先生のブログにあるので、遅れてきた私が何か言うのは野暮だなあとは思うんですが書く(笑)。

 

千穐楽は現地にいたんですが、唐橋さんが2幕のゲストコーナーに出てきた瞬間のどよめきと悲鳴が凄くて、おそらく誰もが期待していたと思いますし私もそうでしたけど、最遊記歌劇伝に拡樹くんと鯛ちゃんと唐橋さんがいることは、本当に大きくて太い柱だったんだな、と改めて感じました。エンディングで烏哭が歌に入ってきたときに号泣している方がいっぱいいらっしゃったし。

 

大阪については前楽マチソワと大千穐楽を観たんですが、別れを惜しむような感触は前楽の方が強かったかもしれないなと。大千穐楽はいつも通り、きちんと丁寧に魅せよう、っていう意識の方が強い感じがしたので。プロのいい仕事を観たなあ。

そして、観客席でも、役者の演技を余さず見届けようっていう集中力を凄く感じて、観客もまた役者の1人だなっていうことを改めて思いました。

 

外伝は元々悟空が主役の話だと思うし、幼い悟空が1人残されてしまう淋しい結末だとは思うんですが、鯛ちゃんの演技と、その対になる哪吒役のきたむーの演技力が拮抗しているのがとても良くて、何度も「え、演技がうめえ…っ!」と心の中で唸ってました。人は演技力で子どもになれる。悟空も哪吒もある意味被虐待児で、それを子役が負担するのは酷だから、どちらも大人がやるのは必須だったと思うんですが、鯛ちゃんがとにかく演技力オバケだから、同じくらい演劇モンスターなきたむーを持ってきたのは大正解だよなあと。二人ともソロの歌が真っ直ぐ心に入ってきて、とても切なかったなあ。

そして金蟬と対になる、悪の父親役を演じることになった、李塔天役の山﨑さん、とにかく台詞回しが素晴らしくて、シェイクスピア劇みたいな古典を観ているような感触があったのは山﨑さんがいらしたからかも。厭らしさと愛嬌が同居しているのが、余計にDV男みあるというか。

天蓬のふっきーさんと捲簾の平井くん、実は大阪でめちゃくちゃに泣かされたのが平井捲簾でした。情に溢れた優しい兄ちゃんが、幼い子どもを守りたい一心で死力を尽くす姿は泣くしかなかった。鮎川くんの後任でプレッシャー凄かったと思うんですけど、平井捲簾素晴らしかったです。

ふっきーさんは上手い人だと昔から思ってますけど、殺陣こんなに上手かったの?! まあ八戒は戦闘キャラじゃないからな?! ってびっくりしました(笑)いやーー今回狂言回しで台詞多いし歌も難しいし殺陣ガンガンあるしで体力的にも地獄だったのでは。カッコいいオーバー40。

毎回の歌うまゲスト枠の髙﨑くんと佐奈くん、佐奈くんは舞台パタリロで拝見しているんですが、どちらもエモーショナルで良かったなあと。佐奈くんはコメディリリーフもやって大変だったろうなーと。髙﨑くんはペダステの現福ちゃんと聞いて、ガタイの良さに納得したんですが、歌のときの高音部が綺麗で、慈愛を感じました。ラストの悟空を抱擁するシーン特に。そのあとに悟空の頭を撫でてあげる仕草がとても好きだったな。どちらも素敵だったなあ。本当にお疲れ様でした。

ミカシュンさんとうじすけさん、歌劇伝に欠かせない方々ですけど、ミカシュンさんの侍女はぱっと見わからなかったです。流石女優。三蔵一行登場〜GoTo the Westのパートで必要なお師匠ですけど、まあ烏哭出てくるのにあなたがいないわけにはいかないですよねえ…(笑)

うじすけさんも大阪ゲストコーナーで大活躍で、前楽のエンディングで菩薩様にくるりんとまわされてる姿がとても可愛かった。歌劇伝には欠かせないマルチプレイヤー素晴らしかったです。

あの複雑な機構に対応しつつ早着替えしまくり切り替えに切り替え殺陣もダンスも歌もこなすマルチタスクなアンサンブルの皆様もお疲れ様でした。天空の蟻をこのキャストの皆さんで観てみたかったな…!

 

さて。この1年近く、ほぼ歌モノの仕事しか入れてなくて、しかも1つは帝劇の座長で、東宝アニメーション制作の帝劇2.5のトップバッターとかいう、おそらく15年前には想像もしていなかっただろう仕事を経て、満を持しての最遊記歌劇伝最終作で外伝を迎えた拡樹くんですけども。

スパイファミリーから、さらに進化してて驚きました。スパイファミリー博多座のときに「えっ、人間ってどれだけ苦手なものでも、打ち込めばこんなに変われるんだな」ってびっくりしたんですが、そこを超えてきたなあと。歌に感情を乗せてぶん殴ってくる感じが凄かった。

歌劇伝外伝は全体的に「ミュージカルだ…!」と思うことが凄く多かったんですが、そのパートを結構な部分背負ってたのが金蟬だったなあと。1幕の悟空が狙われることに気づく金蟬ソロがめちゃくちゃ好きで。

三浦さん浅井さんもわかっててパートを振ったんだろうし、外伝は悟空が主役の話であって金蟬は座組の番手としては2番手だと思うんだけど、おそらく全部わかった上で、ブレずに引き受けた座長への、最後の餞なのかもしれないなと。

金蟬は残酷といえば残酷なキャラクターで、悟空に見返りを求めない情愛と約束だけ遺して消えてしまいますけど、その愛が大きければ大きい程、悟空の500年の孤独が重くなるし、愛された悟空が記憶を消された中でもよすがにしたものの尊さが見えてくるんですよねえ。大阪大千穐楽、金蟬が悟空に与えた慈愛の大きさに圧倒されました。拡樹くんと鯛ちゃんの15年が垣間見えるような。凄いものを見たなあ。金蟬が笑顔を見せて消えたあと、暴れて泣き叫ぶことしか出来ない幼い悟空がただただ悲しくて。

李塔天を斬るシーン、毎回「初めて人を斬ってしまった文官」の演技が細かいなーと思ってました。金蟬はどう見ても運動音痴だし、運動音痴の演技が細かい。

 

そして。前楽を観ていたときに、とても不思議な感覚になったんですが、15年前の鈴木拡樹が、板の上で演じているのを観ているような感覚になったんですね。

拡樹くん自体は15年分の経験を積んできて、今の立場にある訳ですけど、実のところ、ずっと三蔵を演じることにこだわり続けたのを個人的には不思議に思っていたりもしたんですが、この時にすとんと落ちたような気がして。

 

以下は単なる想像なんですが、初めて最遊記歌劇伝を上演したとき、拡樹くんにとって三蔵は、自分がこれから役者を続けるにあたって必要だと感じた要素を圧縮して固めたようなキャラクターだったのかもしれないなぁと。誰かに対する殺意だったり、演技だったり歌だったり殺陣だったり、何より座組の座長を務めることだったり。三蔵も言ってみれば座長みたいなもんですし。どんなに地獄を見ようと、それを身につけようと足掻いてきて、公演の度に自分の到達している位置を確認するような、三蔵は存在なのかもしれないなと。

で、金蟬は、三蔵を演じる上で必要な諸々を身に着けた上で改めて、「愛以外何も持たない者」を演じるっていう課題でもあったのかな、とか。

美しくて悲しくて一途な愛の話でした。そして長い時を経てまた受け取ってもらえる愛、それを一行が抱いて歌劇伝の最初に戻る、美しい円環を描いて終わったんだな(by峰倉かずや先生)、としみじみします。

 

この15年でおそらく、様々な役者としての経験を積むのと同じくらい、座長として責任を負うっていう経験をしてきていたと思うんですが、外伝で唯一、機構トラブルで中止になった翌日のマチネが観劇日でした。おそらく、その場しのぎの言葉も出せないくらい深刻な状況だったんだろうな、そして自分が「すみません」と言った瞬間にそれは機構の制作や修理に関わるスタッフの方々を責める言葉になるかもしれないと考えたのかもなぁ、と。だからこそ、チケットを取った方々への感謝の言葉しか言えなかったのかもしれないと思うと、この15年で背負ってきた責任の重さの一端を見たような気がします。座長って俳優部の長でもあり、スタッフ含むカンパニー全体の調整役もやってるでしょうから。想像もつかない重責ではありますが。

私も刀ステ悲伝の福岡中止回にぶち当たった側なので、機構トラブル回が唯一の観劇回だった方々の嘆きが我が事のように辛かったので、その時のことと、公演中止が当たり前になったコロナ禍で拡樹くんが座長を続けてきたこととを思い返したりもしました。

 

ラストの三蔵一行の登場のとき、演技プランとして、あえてSunriseのときと三蔵のプランを変えないでやってたんじゃないかと思ったんですが、「歌が全然違う…!」と思った瞬間に、鈴木拡樹が演じてきた玄奘三蔵はもういないんだな、と痛感して、外伝初見のときに号泣したんですよね。今に至る15年の旅の中で、拡樹くんが経験を積んで変わってきたものが自然に現れる演技プランだったなと。

 

いやもう、リトショに出ることの後押しをしたような形の山本耕史(初代シーモア)には感謝しかないんですよ。FCイベントで拡樹くんがチラッと、「耕史さんが(シーモアを)やっていたことが受けるきっかけになりました」と言っていて、多分あそこから拡樹くんの人生がめちゃくちゃ変わったんじゃないかと思うので。ヤマコーは責任持って私のために2人で「笑の大学」をやってくれ。私は拡樹くんの椿一が観たいんだわ。

 

千穐楽の終わらないカーテンコール、嵐のような拍手は凄かったです。愛されて幕を閉じる演目は幸せだな。

三蔵も金蟬も、記憶と記録の中でだけ会える存在になりましたけど、役者を続けてくれればいつかどこかの劇場で皆さんには会えるので。何ならあくたーずりーぐで会えたりもしますが(笑)

きっぱりと「記憶と記録の中でお会いしましょう」と拡樹くんが告げたときに、ペダステで荒北を卒業したときのことを思い出しました。演じてきたキャラクターを愛を持って手放せるってとても大事なことだし、三日月宗近ともきっとそういう別れ方をするのだろう、そして、キャラクターとお別れするときには、互いに最高の笑顔でサヨナラするんだろうな、と思えるような、あまりに美しい結末でした。

 

多分、今年1番好きな2.5…というかここ数年引きずりそうな作品になりました。最遊記歌劇伝外伝、上演してくれて本当にありがとうございました。きっと辛いときやしんどいときに、映像を何度も見返して記憶と記録を引っ張り出す作品になりました。ああ、お別れしたくないな。でも美しかったな。散り行く桜だから愛おしいんだろうな。